韓国で暮らしてみる。
ゆるゆるはんぐく
スポンサーサイト
--年 --月 --日 (--) --:-- | 編集
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
トガニタンと母の牛すじテロ
2012年 04月 18日 (水) 21:32 | 編集
日曜日の午後、家でテレビを見ていると、
急に目の前に現れた手によって、有無を言わさず口の中に何かをねじ込まれる。
すると!!・・・・おいしい

母はトガニタン(牛すじスープ)を作るとき、
いつもこうやって下茹でした牛すじに、ちょっと塩を付けたやつを、
私と弟の口に何も言わずにねじ込んでくるのだ。

そして味をしめた私は、牛すじテロリスト(母)がベランダで洗濯などに興じてる隙に、
アジト(台所)に忍び込み、放置された牛すじを更につまむ。

「あんたちょっとにしときなさいよー。汁の分が無くなるでしょうが!」

これが、私のトガニタンにまつわるノスタルジー。
でも、母はこれ今だにやってくる。

キムチを漬ける時も、ヤンニョムを絡ませたばっかのキムチを、
真っ赤っかの手でねじ込んできて、「どう?」と。
「うーん去年よりはいい出来なんじゃない?ちょっと塩辛いような気がするけど、
漬かってくうちになじむでしょ」と、キムチソムリエな私。

友人に「今年のキムチはうまいよ」と言いながらお裾分けした時、
「なんかその言い方、ボジョレーみたいだね」と言われた。
そうです、ボジョレーと同じくらい、毎年味が違うのだ!
白菜の水分量とかね、前と違うコチュカルを使ってみたりとかね、
今年はリンゴじゃなくて梨を入れてみましたとかね。


そんな風に、私は在日2世の母の韓国料理を食べながら育った。
母は食い道楽の祖父から、味を教えてもらったらしい。
祖父は「貧乏でも食事は豊かに。貧しい食事では心が貧しくなるから」と言って、
生活が苦しい中でも、おいしいものを食べさせてくれたらしい。

その教えは母から私へ、確実に引き継がれている。
その味覚と一緒に。

私の家庭は、在日の家庭の中でもどうやら韓国料理をよく食べる家らしい。
韓国に来てみて、特に今の下宿のおばさんの料理を毎日食べていて、
「これって韓国料理だったんだ!」って驚くことが多い。


先に上げたトガニタン、ポッサム、プゴクッ、ミョルチポックム、
オイムチム、カジネンチェ、ケランチム・・・

これらは私は韓国に興味を持つまで名前も知らなかったし、
韓国料理かどうかも曖昧なまま食べていた。
自分の家の食卓が、こんなに韓国に根付いたものだったなんて、
韓国に来ていなければ私は知らないままだった。

私は母方の祖父には会った事はないけれど、
その教えと味覚は確かに私の中にある。
歌を忘れても、言葉を忘れても、最後に残るもの。
味覚や食文化ってそういうものかもしれない。


話はトガニタンに戻り、
この間行った創業50年のトガニタン専門店「テソンチプ」
スクリーンショット(2012-04-18 21.18.30)

スクリーンショット(2012-04-18 21.18.06)
※写真を撮り忘れたのでお借りしましたよ。

きれいな白濁スープにすじ肉とねぎのみ。
味付けはされていないので、テーブルにある塩や胡椒で味をつける。
何の臭みもなく、上品な味。

専門店だけあって、お母さんのトガニタンとはまったく上品さが違うけど、
ニンニクたっぷりで、糸こんにゃくとか大根も入った、
ちょっとジャンクなお母さんのトガニタンが食べたくなった。

お店には、スユクもあった。もちろん牛スジのスユク。
お母さんの牛すじテロに遭うたびに、「スープにするよりそのまま塩つけて食べたい」
と、何十年も密かに思い続けていた私だけど、
そういう料理が実際に存在することを知って、やっぱりね!と納得した。

今度はテソンチプでスユクも食べたい。

にほんブログ村 海外生活ブログ ソウル情報へ
にほんブログ村
スポンサーサイト
copyright (C) ゆるゆるはんぐく all rights reserved.
designed by polepole...
photo by U

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。